三代目更勝 / 世界に一つだけの”きもの”を作ります。

更勝の歴史

更勝の歴史

  • 初代更勝 青木吉蔵は大阪堺の広瀬勝蔵氏の元で手書き染色を修得し、江戸末期安政年間(1855~1860)に日本橋大伝馬町に住居と工房を構え、周囲を圧倒する職人気質と仕事に対する責任感・熱意で評判なる。

    とくに更紗染めにかけては同業に決して負けをとらず常に勝ち、その家業と更紗染めを称える意味から「更勝」の名を周囲から奉られた。

    ここに屋号「更勝」(さらかつ)が生まれる。



  • 二代目更勝 青木新吉は手書き更紗を初め友禅・小紋・浴衣など幅広い仕事をするようになる。先代同様の気質を持ち、やはり更紗では右に出るものはいなかった。
    そして、とらわれた異国味から抜け出し、更紗に和の趣を取り入れる更紗の新境地を開く。
    溌溂たる創作家であった。

    この時期に金巾を素材にした男性用の重ね下着を更紗に染めたのが更紗染めが着物に上陸した第一歩になった。
    更紗の”きもの”は二代目の奥義から生まれたものと言える。

    激動の明治時代を生きるが第一次世界大戦の戦災にあう。


  • 三代目更勝 青木新太郎は11歳で父と死別してしまうが、代々受け継がれている持ち前の根性で19歳で独立し、三代目更勝となる。

    仕事が軌道に乗ってきたところ、大正12年関東大震災で丸焼けになり、北区滝乃川に拠点を移し商売を始める。
    昭和14年、今度は第二次世界大戦の影響で長野県に疎開することになってしまう。

    終戦後、長野に永住しようとも考えたが再起を誓い、東京に帰る。
    そして現在の葛飾区堀切に拠点をおく。


powered by Quick Homepage Maker 4.50
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional